ザ・スパイダース(The Spiders)は、日本のグループ・サウンズのバンド。
1961年に、田邊昭知(現・田辺エージェンシー社長)が結成し、ジャッキー吉川とブルーコメッツとともにGSの礎を築いたグループ。ヒット曲には「夕陽が泣いている」、「なんとなくなんとなく」、「あの時君は若かった」などがあり、1971年に解散。メンバーであった、堺正章、井上順、かまやつひろし、井上堯之、大野克夫は、現在も各界の第一線で活躍している。
メンバー [編集]
田邊昭知(リーダー、ドラムス、「昭ちゃん」)
加藤充(ベース、「カッペちゃん」)
かまやつひろし(サイドギター、ヴォーカル、「ムッシュ」)
大野克夫(スティールギター、オルガン、「克夫ちゃん」)
井上孝之(リードギター、ヴォーカル、「イノヤン」、現在の表記は井上堯之)
堺正章(リードヴォーカル、リードタンバリン、フルート、「マチャアキ」)
井上順(リードヴォーカル、サイドタンバリン、パーカッション、「順」または「順ちゃん」)
前田富雄(ドラムス、「トミー」)
田邊昭知が自身の経営するスパイダクションでのマネージメント業務に専念するため、バンドボーイであった前田富雄が1970年6月に二代目ドラマーとなった。
来歴 [編集]
1961年に、スウィング・ウエストのドラマーであった田邊昭知によって結成された。バンドの名付け親は、かまやつひろしの父で、当時の日本ジャズ界では有名なシンガーであったティーブ・釜萢である。結成当初はラウンジ・ミュージックを嗜好しながら、歌手のバックミュージシャンとしても活動していた。その後、音楽性の模索に伴ってメンバーチェンジを繰り返し、1962年5月に専属シンガーとして井上孝之、7月にスチール・ギター担当として大野克夫、11月には専属シンガーとして堺正章が参加した。
1963年にはベースとして加藤充が参加し、同年かまやつひろしとともに入った加瀬邦彦がリードギターとして2ヵ月間在籍していた時期もある。
1964年2月に井上順が参加、3月には井上孝之がギターに転向したことで、後にグループ・サウンズと呼ばれ人気を博す時代のメンバー7人が揃った。それと同時期にビートルズ旋風が世界中で巻き起こり、彼らに触発されたかまやつひろしが、田邊昭知とともにビート・グループとしてバンドを再編成し、どのグループよりも早く彼らの楽曲をコピーすることで、マージー・ビートやブリティッシュ・ビートに対する造詣を深めていった。その過程の中で、来日した外国アーティストの前座やバック演奏をこなすことが多くなり、バックでは1964年4月のピーター&ゴードン、前座では1965年1月と9月のザ・ベンチャーズ、6月のアニマルズ、8月のザ・サーファリーズ、ザ・ハニカムズ、1966年1月のザ・ビーチボーイズで務めている。
1965年5月に、かまやつひろし作詞・作曲の『フリフリ』でクラウンからシングルデビューした。以来、持ち前の明るさとファッションやコメディ、音楽性を兼ね備えた実力派バンドとして評価された。ちなみに『フリフリ』のジャケット写真にはかまやつひろし(ムッシュかまやつ)が写っていない。これは、かまやつが撮影時に遅刻をしたためである。
1966年に入って、2月には「ノー・ノー・ボーイ」、4月には「ヘイ・ボーイ」、7月には「サマー・ガール」など、ブリティッシュ・ビートの影響を大きく受けた、かまやつ作品によるシングルが発売され、5月には日劇ウエスタンカーニバルにも初出場したが、未だ歌謡曲志向が強かった時代であったため、セールスにはあまりつながらなかった。しかし、9月に発売された浜口庫之助作品『夕陽が泣いている』が公称120万枚を超える大ヒットとなり、一躍スターダムにのし上がる。 なお、3月にはオランダ・フィリップスから「フリ・フリ'66」、4月にはアメリカ・フィリップスから「ノー・ノー・ボーイ」、10月にはオランダ、11月にはイギリスで「Sad sunset(夕日が泣いている)」が発売されている。 また、ホリプロダクション(現・ホリプロ)に所属していたが、同年5月に田邊昭知がスパイダクション(田辺エージェンシーの前身)を設立し、セルフマネージメントを開始している。
1967年は、3月に「太陽の翼」、5月に「風が泣いている」(公称70万枚)、10月には「いつまでもどこまでも」(公称14万枚)と順調なシングルヒットをあげ、映画でも5月に「夕陽が泣いている」、8月には初主演映画となる「ザ・スパイダースのゴー・ゴー・向こう見ず作戦」が公開されるなど、彼らの人気は定着した。しかし、ライバルグループのジャッキー吉川とブルーコメッツが、「ブルー・シャトウ」で150万枚の大ヒットを記録したとともに、同年の日本レコード大賞受賞するなど、一般的なGSブームとしては、話題がブルーコメッツに集中した感も否めなかった。
1970年は、ソロ活動が優先されることになり、堺が2月にTBS系ドラマ時間ですよに出演したことを皮切りに、同月にはかまやつがソロ・アルバム「ムッシュー/かまやつひろしの世界」、4月には堺がシングル「明日を祈る」(堺正章とザ・スパイダース名義)、井上がシングル「人生はそんなくり返し」(井上順とザ・スパイダース名義)で発売する。この影響で堺と井上のスケジュールが過密となったこともあり、1969年から若干程度始動していた「スパイダース5/7」(スパイダースから堺、井上を除いた編成)としての活動も多くなった。また、5月には田邊昭知が自身の経営するスパイダクションでのマネージメント業務に専念するため、同月末で現役を引退することを表明し、6月にバンドボーイであった前田富雄が二代目ドラマーとなった。9月にはラストシングルになった「エレクトリックおばあちゃん」が発売され、久々のヒット(オリコン67位)を記録したが、GSブームの退潮が著しくなっていたこともあって、11月にかまやつひろしが脱退。これが引き金となって、年内の解散が発表された。なお、1971年1月の第43回日劇ウエスタンカーニバルが最後のステージであったが、これは「再編成」という形で行われた。
解散後 [編集]
堺正章、井上順、かまやつひろし、井上孝之(井上堯之)は、現在も個性を発揮した芸能活動で展開している。
再結成 [編集]
ザ・スパイダースとしての再結成はこれまでに数回行われている。
1977年3月にNHKの歌番組「流行歌この10年」で、GS全盛期のオリジナルメンバー7人全員が参加し、「夕陽が泣いている」「バン・バン・バン」などを演奏。
1981年1月の「さよなら日劇ウエスタン・カーニバル」で、GS全盛期のオリジナルメンバー7人全員が参加して、往年のヒット曲や「アラウンド・アンド・アラウンド」「デイ・トリッパー」などを演奏。
1995年8月、関口宏司会のTV番組「関口宏のびっくりトーク ハトがでますよ!」で堺正章が特集された際、番組の中でGS全盛期のオリジナルメンバー7人による「堺正章バースディパーティー」が企画され、全員で「あの時君は若かった」を演奏。
2000年、自殺した作曲家で元「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」ボーカリストの井上大輔(当時は本名の井上忠夫で活動)の音楽葬で、ベースの加藤を除くオリジナルメンバー6人で再結成し、往年のヒット曲メドレーを演奏した。
ザ・スパイダースとしてではないが、1999年には堺正章、ムッシュかまやつ、井上堯之の3人によるユニット「ソン・フィルトル」が結成され、紅白歌合戦に出場した。2008年には、テレビ特別番組ザッツ宴会テイメントで、田邊、加藤、大野以外のメンバーが出演し、「バン・バン・バン」「夕陽が泣いている」「フリフリ」「エレクトリックおばあちゃん」などを披露した。
堺正章が司会をするTBS系料理バラエティ「チューボーですよ!」には、ムッシュかまやつや、井上順がゲストとして出演する回も多く、「バン・バン・バン」などを披露したり、堺正章と井上順がそろって懐メロ番組に出演し、往年のヒット曲を歌う機会は何度もあった。
特徴 [編集]
「ザ・スパイダース・アルバム・No.1」は、当時の洋楽テイストを生かしたかまやつ作曲の楽曲に、彼の友人ら(川喜多和子、岩元梶子)による英語詞などによって『トーキョー・サウンド』を標榜し、ブリティッシュ・ビートの本国イギリスでもレコードがリリースされ、ツアーやTV出演なども行っていた。 『夕陽が泣いている』のヒット以降は、浜口庫之助の作品を堺正章が、かまやつひろし作曲の作品を井上順が歌う傾向があった。浜口が日本的な叙情を感じさせる独特のフォーク調の作風であるのに対して、かまやつは当時の洋楽シーンで人気のあった曲調を独自に消化し、カントリー&ウエスタン調や無国籍ロック風の作曲で、先進的な個性を発揮していた。このように浜口もかまやつも旧来の歌謡曲の作曲家とは一線を画した作風であり、これがスパイダースの楽曲面での大きな魅力となっていた。 音楽性以外にも、特に堺のMCや曲ごとに変わる振り付けなども人気の一因であった。また、かまやつひろしの友人であった福澤幸雄は、レーサーやモデルとしても世界を股にかける活動をしていたが、「8人目のスパイダース」として最新の音楽情報やダンスステップをグループに提供する情報源でもあった。なお、かまやつひろしが彼を偲んで作った「ソーロング・サチオ」が「スパイダース'69」に収録されている。
ディスコグラフィー [編集]
シングル [編集]
1. 「フリフリ/モンキー・ダンス」'65年5月10日発売(クラウン、田辺昭知とザ・スパイダース名義)
2. 「越天楽ゴーゴー/トワイライト・ゾーン」'65年11月15日発売(ビクター)
3. 「ノー・ノー・ボーイ/リトル・ロビー」'66年2月1日発売(フィリップス)
4. 「青春ア・ゴー・ゴー/クライ・アンド・クライ」'66年3月10日発売(クラウン、田辺昭知とザ・スパイダーズ名義)
5. 「ヘイ・ボーイ/ミシェル」'66年4月15日発売(フィリップス)
6. 「サマー・ガール/なればいい」'66年7月1日発売(フィリップス)
7. 「夕陽が泣いている/チビのジュリー」'66年9月15日発売(フィリップス)
※作詞・作曲:浜口庫之助、売上げは120万枚を超えた。
8. 「なんとなくなんとなく/ブーン・ブーン」 '66年12月25日発売(フィリップス)
9. 「太陽の翼/空の広場」 '67年3月1日発売(フィリップス)
10. 「バラ・バラ/ダンス天国」'67年4月20日発売(フィリップス)
11. 「風が泣いている/君にあげよう」'67年7月15日発売(フィリップス)
12. 「あの虹をつかもう/恋のドクター」'67年8月25日発売(フィリップス)
13. 「いつまでもどこまでも/バン・バン・バン」'67年10月25日発売(フィリップス、オリコン4位)
14. 「あの時君は若かった/もう一度もう一度」 '68年3月5日発売(フィリップス、オリコン6位)
15. 「真珠の涙/赤いドレスの女の子」'68年6月5日発売(フィリップス、オリコン19位、スパイダース結成七周年記念シングル)
16. 「黒ゆりの詩/ロックンロール・ボーイ」'68年9月5日発売(フィリップス、オリコン37位)
17. 「ガラスの聖女/風はいい奴」'68年11月25日発売(フィリップス、オリコン50位)
18. 「涙の日曜日/赤いリンゴ」'69年4月5日発売(フィリップス、オリコン44位)
19. 「夜明けの二人/コケコッコー」'69年8月25日発売(フィリップス、オリコン84位)
20. 「ふたりは今/友を呼ぶ歌」'70年1月25日発売(フィリップス、堺正章とザ・スパイダース名義、オリコン48位)
21. 「エレクトリックおばあちゃん/いつわりの恋」'70月9月25日発売(フィリップス、オリコン67位)
ソロ・シングル(スパイダース在籍中) [編集]
22. 「明日を祈る/なんでこんなに」'70年4月5日発売(フィリップス、堺正章とザ・スパイダース名義、オリコン80位)
23. 「人生はそんなくり返し/本気で君だけを」'70年4月5日発売(フィリップス、井上順とザ・スパイダース名義、オリコン100位圏外)
24. 「どうにかなるさ/冷たい部屋のブルース」'70年4月5日発売(フィリップス、かまやつひろし名義、オリコン100位圏外)
25. 「俺もお前も人間だもの/わかっているよ」'70年5月25日発売(フィリップス、田辺昭知名義、オリコン100位圏外)
26. 「悪魔のようなおまえ/月曜日はからっぽ」'70年12月20日発売(フィリップス、堺正章とザ・スパイダース名義、オリコン100位圏外)
コンパクト盤 [編集]
「青春ア・ゴー・ゴー」'66年2月1日発売
フリ・フリ'66/ビター・フォー・マイ・テイスト/ノー・ノー・ボーイ/リトル・ロビー
「ヘイ・ボーイ」'66年5月1日発売
ヘイ・ボーイ/ワンス・アゲイン/落ちる涙/ロビー・ロビー
「スパイダース・ア・ゴー・ゴー」'66年5月20日発売
悲しき願い/朝日のない街/ツイスト・アンド・シャウト/ゴー・ゴー
「サマー・ガール」'66年6月20日発売
サマー・ガール/悲しみをぶっとばせ/500マイル/シンキング・オブ・ユー・ベイビー
「ダンス天国」'67年4月15日発売
ダンス天国/リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア/僕は危機一髪/悲惨な戦争
「ザ・スパイダースの大進撃(2枚組、サウンドトラック)」'67年12月25日発売
夜明けの太陽/暗闇にバラを捨てよう/ヒア・カム・スパイダース/もう一度もう一度/紫色の船/なんとなくなんとなく(鹿児島弁)/メラ・メラ/夜明けの太陽
アルバム [編集]
「ザ・スパイダース・アルバムNo.1」'66年4月15日発売
「ザ・スパイダース・アルバムNo.2」'66年6月1日発売
「スパイダース'67/ザ・スパイダース・アルバムNo.3」'67年2月1日発売
「ゴー!スパイダース、フライ!サベージ」'67年3月1日
「風が泣いている/ザ・スパイダース・アルバムNo.4」'67年9月5日発売
「ザ・スパイダース・ストーリー」'67年11月25日発売
「ザ・スパイダース・アルバムNo.5」'68年3月15日発売
「明治百年、すぱいだーす七年」'68年10月25日発売
「スパイダース'69」'69年5月25日発売
「ロックン・ロール・ルネッサンス」'70年5月25日発売
出演映画 [編集]
仲間たち(1964年、日活)
高原のお嬢さん(1965年、日活)
涙くんさよなら(1966年、日活)
青春ア・ゴーゴー(1966年、日活)
君は恋人(1967年、日活)
夕陽が泣いている(1967年、日活)
ザ・スパイダースのゴー・ゴー・向こう見ず作戦(1967年、日活)
ザ・スパイダースの大進撃(1968年、日活)
ザ・スパイダースの大騒動(1968年、日活)
ザ・スパイダースのバリ島珍道中(1968年、日活)
思い出の指輪(1968年、松竹)
にっぽん親不孝時代(1968年、東京映画・東宝)
兄弟バンド [編集]
ザ・テンプターズ
ザ・ビーバーズ
ストレッ ハダール ハルジ ハーネス みずあ カトレヤ まぐわ 夏の月 ガイド 紫色カリフ ティング インディオ ショーアップ プルデン ソイビーン ソリスト レール アモチ コピー 繊細 スケジュー ダンボ 手まりか テルル 白いブランコ メデリン スターチス なめねこ ロット ピクノジェ ミラー 幸せの色 オドメー パンパス パイプ 5匹の子 はなびし ムーム レプチン スペンス チャリヤ ウルトラ ライン ハンドボ ツインベッド わにがわ スロット ドルユーザ トリオット チーズ